研究
委託研究
共同研究
汚濁防止膜カーテン強度の
経時劣化評価法に関する研究

汚濁防止膜カーテン強度の経時劣化評価法に関する研究

長尾 毅(神戸大学 都市安全研究センター)
島田 伊浩(一般財団法人 港湾空港総合技術センター)
一般社団法人 ウォーターフロント協会

1. はじめに

汚濁防止膜は、海洋を主とする公有水面での浚渫工事や埋立工事等において、発生する汚濁の拡散を防止するために設置される構造物であり、資源の有効利用や廃棄物の減量に資する観点から、近年再利用が進んでいる。汚濁防止膜の基本構成は、汚濁拡散防止機能を有するカーテン部、カーテン部を垂直方向に安定させる機能を有するフロート部、張力を受け持つテンション部及び汚濁防止膜を固定するための係留部等により構成される。
これらの部位のうち、フロート部、テンション部等の経時劣化程度は比較的低いが、ポリエステル織物が一般に用いられるカーテン部は経時劣化の影響が非常に大きい。このため、カーテン部の性能照査においては、不確定要因によるばらつき、製品縫合の影響に加えて、経時による影響を考慮した部分係数を用いて強度の評価が行われる1)。経時劣化の影響を見込む部分係数は、初期利用と再利用で異なる値が設定されており、データ数が比較的乏しいことなどから、従来、特に再利用品についてはかなり安全側の設定が行われてきた。


図-1 汚濁防止膜構造例

本研究では、汚濁防止膜カーテン強度の経時劣化評価法を構築することを目的として、実工事における製品回収時の試験データや実海域における実験データ等の数多くの経時劣化データを収集し、設計に用いる劣化強度関数を提案した。

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2. カーテンの破断に関する現行の性能照査法1)

カーテンの破断に関する性能照査は、汚濁防止膜技術資料(案)1)に従い行われることが一般的である。以下では、本論での議論のために、現行の性能照査法を簡単に紹介する。カーテン部の性能照査は、カーテンに作用する張力がカーテン強度を超えないことを照査することで行われる。標準的な性能照査式は式(1)のとおりである。

(1)

ここに、T3:3cm幅カーテン強度(N/3cm)、TC:カーテンに作用する張力(N/m)、γC:部分係数である。
ここで、カーテンの強度試験はJIS L 1096のストリップ法に準拠して3cm幅の試験体を対象に実施される。このため、3cm幅の引張強度に相当する値がカーテン品番として与えられ、#300、#500、#800の3種類の品番のカーテンが我が国では生産されている。それぞれの引張強度の規格値は2942、4904、7846(N/3cm)である。
部分係数は式(2)により設定され、初期利用品については表-1の値が用いられる。

(2)

ここに、k1:経時劣化による影響を表す係数、k2:不確定要因によるばらつきを表す係数、k3:製品縫合による影響を表す係数である。

表-1 初期利用品に対する部分係数

また、再利用品については、既設置期間と再利用予定期間の合計が24ヶ月までの範囲で、表-1の初期利用品に対する部分係数のうち12〜24ヶ月の値が用いられる。既設置期間と再利用予定期間の合計がたとえ12ヶ月より短い場合でも、安全側の設定としてk1=4.00を用いることになる。これは、汚濁防止膜技術資料(案)1)策定時において必ずしも十分な数のデータが得られていなかったためであるといえる。図-2、図-3にそれぞれ汚濁防止膜技術資料(案)1)におけるカーテンの経時劣化データと設計における設定の関係を示す。図-2、図-3において、design valueとは経時劣化に関係して設計で用いる値であり、k1の逆数として示している。
回帰式は、初期利用、再利用について、それぞれ式(3)、式(4)に示すとおりである。

(3)

(4)

ここに、r:強度低下率(試験値/規格値)、m:経過月である。


図-2 引張強度経時劣化(初期利用)1)

図-3 引張強度経時劣化(再利用)1)


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3. カーテン強度の経時劣化評価法の検討
(1) 収集データ

検討に用いたデータは、①汚濁防止膜技術資料(案)1)策定時に用いた2005年時点の収集データ、②新潟東港における実海域実験データ2)、③近年の実工事におけるカーテン回収時の試験データの3種類のデータである。品番毎の収集データ数は表-2に示すとおりである。データ総数は315であり、汚濁防止膜技術資料(案)1)策定時のデータ数48と比較すると、本研究では非常に多くのデータを得たことになる。

表-2 収集データ数

以上のうち新潟東港における実海域実験データは、詳細は文献2)に示されるとおりであるが、簡単に実験内容を紹介しておく。当該実験は、新潟東港の実験海域にカーテン部1スパン(長さ20m、カーテン丈長3m)、フロート部φ400mm、および係留索を平成23年8月下旬から平成24年10月初旬まで設置し、原則1ヶ月毎に物理的特性試験を行うことにより、同一海域でのカーテンの経年劣化の状況を継続的に調査したものである。ただし、経過5、6ヶ月は積雪のため欠測となっている。実験体は♯300、♯500、♯800の品番である。
この他のデータについては、海域、波浪等の作用、カーテン使用条件は様々であるが、条件の違いによる経年劣化への影響を議論できるような詳細な条件データは残されていない。

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(2) 残留強度比の定義

上述の通り我が国で生産される#300、#500、#800の3種類の品番のカーテンの引張強度の規格値はそれぞれ2942、4904、7846(N/3cm)である。規格値とは実際の製品がその値を下回らないことを保証する値であり、実際の初期強度と規格値の比(初期強度比)はメーカーによりばらつきがある。図-4には今回検討に用いた315データの初期強度比の頻度分布を示す。初期強度比は1.06から1.45の範囲にばらついており、平均値は1.19、標準偏差は0.08である。以降の検討に用いる残留強度比としては、実際には残留強度を初期値で除した値とすべきであるが、設計実務上は規格値で除した値と定義する方が取扱は簡単である。
しかしながら、このように初期強度比にばらつきが大きい状態で残留強度比を規格値で除した値として設定した場合、実際のばらつき以上に残留強度のばらつきを評価してしまうことになる。このため、本研究では、残留強度比として、残留強度に対する初期値の比として定義した値を用いる。ここで、初期値とは、初期利用、再利用の違いにかかわらず、初期利用開始時の値としている。よって再利用についても、再利用開始時の値ではなく初期の強度をもとにしていることに注意が必要である。


図-4 初期強度比の頻度分布

図-5 残留強度比の比較



図-6 強度経時劣化関係


図-5には50-60日経過時点の残留強度比を、規格値(standard strength)に対する比で定義した場合と初期値(initial strength) に対する比で定義した場合の比較を示した。標準偏差は前者が0.145、後者が0.109であり、初期値に対する比とすることで残留高度のばらつきをより正確に評価できるといえる。
図-6には全てのデータを対象に、経過日数に対する残留強度比の関係を示した。データは大きくばらついているが、残留強度は0-100日程度経過の利用開始初期段階で急激に低下し、その後徐々に緩やかに低下する傾向にあることが分かる。


図-7 品番及び初期・再利用による強度経時劣化関係

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(3) 品番及び利用状況の影響の検討

品番の違いによる強度低下率の違いや、初期利用と再利用の違いによる強度低下率の違いについて検討する。
図-7に品番ごとに経過日数に対する残留強度比の関係を示した。図には初期利用(virgin)、再利用(reuse)の区別も示した。再利用品については、初期利用終了時から1回目の再利用までの保管日数は記録の残っている範囲で21-256日の範囲で、平均85日であった。上述のように品番については#500のデータ数が多く、他の品番のデータはあまり多くない。しかしながら、(2)の全データを対象にした経過日数に対する残留強度比の項で述べた傾向は概ね全ての品番に共通の傾向であるといえる。このため、品番の違いによる残留強度比の違いは考慮する必要はないと考えられる。
次に利用状況による強度低下の違いであるが、図より分かるように再利用のほうが初期利用よりも強度低下が激しいような傾向は認められない。#300のデータのように、初期利用の方が強度低下が大きい傾向も認められる。カーテンの再利用は資源の有効利用や廃棄物の発生抑制等の観点から奨励されることであるが、再利用品の品質確保のためには、汚濁防止膜の解体・分別、運搬、清掃、保管等を適切に行う必要がある1)。特に紫外線の照射による材料劣化が強度低下の主な原因と考えられることから、保管に関しては直射日光の影響を受けないように倉庫で保管するなどの処置が施されており、このために再利用品であっても初期利用と同等の強度率が期待できるものと考えられる。

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(4) 強度低下評価関数の検討

以上の結果をもとに、全てのデータを対象として、強度低下評価関数の検討を行う。
一般に、性能照査で用いる材料強度の値は、安全性の余裕を考慮して平均値よりも低く設定される。実際の強度設定方法に定まったルールがあるわけではなく、各々の分野で工学的判断に基づいて設定が行われている。ただし、ばらつきが大きい場合はより低く、ばらつきが少ない場合は比較的高く設定することが合理的である。その意味で、平均値と標準偏差を用いて強度低下率を設定することが合理的と考えられる。
2.で述べたように、性能照査では経時による影響以外に、不確定要因によるばらつき(k2)や製品縫合による影響(k3)を別途考慮して強度を設定している。両者による強度低下の割合は表-1に示したとおりであり、k2・k3=5.00の安全性の余裕が設定されている。この値は安全率に相当する。従って、経時劣化の影響については、過度に余裕を設定する必要は無いと考えられる。
ばらつきのあるデータからの強度設定法として、他分野における材料強度の設定方法を検討すると、鉄筋コンクリート部材の終局曲げ耐力、異形鉄筋降伏強度3)及び防波堤の滑動抵抗力算出時に用いる摩擦係数4)における設定は表-3のとおりである。ここに、μは平均値、σは標準偏差である。
表より分かるように各分野の設定には幅があるが、本研究ではカーテンの経時劣化特性として、上述の通り不確定要因や製品縫合による影響が別途考慮されていることを考慮し、平均-標準偏差を強度の評価値の目標と考えた。

表-3 強度関係パラメータの設定例


図-8 残留強度比頻度分布の例

図-9 残留強度比の平均及び標準偏差


図-6より分かるように残留強度のデータは経過日数の短いものが多いため、同じ重みで処理を行うと経過日数の長いデータが反映されにくくなる。このため、10以上のデータが含まれる2週間以上の範囲での経過日数の刻みで平均値および標準偏差を算出した。
図-8に残留強度比頻度分布の例を、図-9に残留強度比の平均及び標準偏差を示す。平均は経過日数に伴い減少するが、標準偏差は120日程度までの範囲では0.10程度と小さいが、それ以上の経過日数では0.15程度に増加する。なお図-8では経過日数の長い範囲の例として350-406日経過の8週間のデータを示しているが、これは経過日数が長い範囲ではデータ数が乏しいためである。経過日数の短い範囲についても同じ条件で比較するためにデータ数は豊富であるものの0-56日経過の8週間のデータを示している。このため図-8の整理がそのまま図-9に反映されているわけではないことに注意をしておく。


図-10 強度劣化関数

このように整理された平均-標準偏差の目標値に対する評価式として、目標値の大半をカバーするものとして様々な関数の適合性を検討した結果として、式(3)が得られた。図-10に示す提案式は式(3)である。

(3)

ここに、r:残留強度比、d:経過日数(日)である。
提案式と現行設計法1)を比較すると、経過日数が600日程度以下の期間では、180日、360日程度では現行設計法の初期利用の強度評価と提案式は概ね一致する。しかしながら、それ以外の期間では提案式の方が高い強度を与える。再利用品については、現行設計法では非常に安全側に一定の強度で設定されているが、提案式では初期利用と再利用で同じ強度評価となるため、通算の経過日数が短い範囲では現行設計法よりも高い強度評価となる。
逆に経過日数が600日以上の極めて長い期間の場合は、提案式の方が低い強度評価となる。
本研究では上述のように現行設計法策定時よりも多くのデータを収集するとともに、強度評価法も根拠のある判断に基づいたものであるため、現行設計法よりも合理的な強度劣化の評価式が得られたと考えられる。

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4.まとめ

本研究は、汚濁防止膜カーテン強度を対象に、実工事における製品回収時の試験データや実海域における実験データ等の数多くの経時劣化データを収集し、設計に用いる劣化強度関数を提案した。本研究による主な知見は以下の通りである。

  1. 汚濁防止膜カーテンの残留強度は経過日数の増加に伴って低下する。本研究では強度の低下割合を示す残留強度比として、残留強度と規格値の比ではなく、残留強度と初期値の比を用いた。これは、汚濁防止膜カーテンメーカーの製品毎の初期値と規格値の関係にばらつきがあるためである。
  2. 設計では経時による影響以外に、不確定要因によるばらつきや製品縫合による影響などを別途考慮して強度を設定している。ばらつきのあるデータからの設定法として、他分野における材料強度の設定方法を参考に平均-標準偏差を強度の評価値の目標と考えた。10以上のデータが含まれる2週間以上の範囲で経過日数の刻んで平均値および標準偏差を算出した。平均は経過日数に伴い減少するが、標準偏差は120日程度までの範囲では0.10程度と小さいがそれ以上の経過日数では0.15程度に増加する。目標値に対する評価式を提案した。
  3. 品番の差による違いはほぼ無視できると考えられる。また、再利用による強度低下は、特に考慮する必要はないと考えられる。
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謝辞

本研究の取りまとめにあたり、汚濁防止膜再利用カーテン強度証明基準作成検討委員会(委員長:新井洋一 特定非営利活動法人リサイクルソリューション理事長)の委員の方々より貴重な意見を頂きました。ここに記して感謝します。


参考文献
1) 港湾空港建設技術サービスセンター:汚濁防止膜技術資料(案)、2008.
2) 島田 伊浩、新井 洋一、長尾 毅、三吉 正英、山本 直文、岡本直、石坂修、須藤 彰二:汚濁防止膜の経過月数による強度劣化に関する実海域実験、土木学会論文集B3(海洋開発), Vol. 69(2013), No.2、投稿中.
3) 長尾 毅:ケーソン式防波堤の終局曲げ安全性照査に関する信頼性設計手法の提案、土木学会論文集No.696、Ⅰ-58、pp.173-184、2002.
4) 長尾 毅:ケーソン式防波堤の外的安定に関する信頼性設計法の適用、土木学会論文集No.689、Ⅰ-57、pp.173-182、2001.

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